この記事は、入門編「なぜ、いま読書なのか」の第2話です。
▶ 入門編を最初から読む(全話一覧)
前回、僕はこう問いかけて終わった。
まずはこの答えに入る前に──
少しだけ“過去”と“今”のギャップを並べてみたい。
なぜなら、この違いを理解した瞬間、
「読めなくなったのは自分のせいじゃない」
と腑に落ちるからだ。
昔は読めていた。あれは“才能”じゃなく“環境”だった。
子どもの頃、本を読むのはそこまで特別なことではなかった。
- 静かな自室にて
- テレビは一家に一台
- ネットは存在しない
- スマホ、タブレットがない
- 選べる娯楽、サービスも極端に少なかった
だから、本は自然と“娯楽の中心”にいた。
物語に没頭した経験は、誰しも一度はあるはず。
本のページをめくる手が止まらなくて、
時間を忘れたあの感覚──。
あれは 「読書が得意だったから」 じゃない。
「本が一番面白い世界だったから」 読めていただけなんだ。
それでは、なぜ大人になると読めなくなるのか?
ここに誤解がある。
「大人になって集中力が落ちたから」
「文字が苦手になったから」
──そうじゃない。
本当の理由はもっとシンプルで、もっと“構造的”だ。
✔ 圧倒的に便利な娯楽が増えすぎた
今はスマホ1台で、あらゆる刺激が手に入る。
- SNS
- 動画配信サービス
- 音楽配信サービス
- ゲームアプリ
- 漫画アプリ
- ショッピングサイト
- ブログ記事
- AI検索サービス(Google検索)
昔なら本屋か図書館に行かなければ得られなかった情報が、
今はポケットの中のスマホの中に全て詰まっている。
これでは本が負けるのも当然だ。
なぜなら、現代のスマホは本の100倍の刺激を持っているから。
読書力を奪ったのは “環境” だった
読書ができなくなったのは、
あなたの怠惰でも、根性不足でもない。
僕らの“集中力を奪う仕組み”が日常に常設されたからだ。
環境が僕らの集中力を奪い、本が読めなくなる。
逆の見方をすると、こう言い換えることもできる。
環境を変えた瞬間に、僕らは本を自然に読めるようになる。
たとえば、病院で、スマホが使えない時間が長くあった時。
何かのきっかけで、ネットが繋がらない瞬間があったら?
もし、スマホの充電、バッテリーが切れたら?
あなたは、待ち時間の間、急に何もやることがなく、
手持ち無沙汰になってしまいました。
そんな時に、フッと視線を向けると、
あなたの目の前に本棚があります。
あなたは、やる事がないので、
つい、本棚に置いてある1冊の本を手に取りました。
何となく、パラパラと気になる本を手に取ると・・・
なんと、普通に本を読めてしまった。
信じられないかもしれませんが、
こんなことが普通に起こり得るんです。
これって何を意味するか?
- 本が読めないのではなく、スマホの刺激が強すぎるだけ。
- 環境さえ変われば、人は読書へ戻れる。
これはものすごく重要な視点です。
だから、読めなくても自分を責める必要はない
今の時代において「本が読めない」は普通のことなんです。
例えば、刑務所や山奥にある合宿所など、
スマホの刺激がゼロになる環境では、
人は自然と読書に戻る。
つまり──
読書は“能力”ではなく“環境依存”の習慣。
才能でも性格でもなく、
外部要因でほとんど決まってしまう。
では、どうすれば“本を読める自分”へ戻れるのか?
ヒントはすでに出ている。
「読書に戻るには、
子どもの頃の『本を読めていた状態』を再現すればいい」
- 読書より強い刺激を減らす
- “読みたい”気持ちの火種を作る
- スマホを握らずに済む環境を作る
でも、どうやって?
現代でそんなの可能なの?
次回はここを深掘りしていこう。
次回予告
「読書の火種をつくる
〜“読みたい気持ち”は後から作れる〜」
本を読めるようになる方法は、
気合や根性ではなく“仕組み”にある。
その仕組みを、次回いよいよ解き明かそう。

