本が読めなくなった本当の理由〜“読めていた頃”と“今の世界”を見つめ直す〜

読書

この記事は、入門編「なぜ、いま読書なのか」の第2話です。
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前回、僕はこう問いかけて終わった。

「かつて本を読めていた自分を、どうすれば取り戻せるのか?」

まずはこの答えに入る前に──
少しだけ“過去”と“今”のギャップを並べてみたい。

なぜなら、この違いを理解した瞬間、

読めなくなったのは自分のせいじゃない
と腑に落ちるからだ。

昔は読めていた。あれは“才能”じゃなく“環境”だった。

子どもの頃、本を読むのはそこまで特別なことではなかった。

  • 静かな自室にて
  • テレビは一家に一台
  • ネットは存在しない
  • スマホ、タブレットがない
  • 選べる娯楽、サービスも極端に少なかった

だから、本は自然と“娯楽の中心”にいた。
物語に没頭した経験は、誰しも一度はあるはず。

本のページをめくる手が止まらなくて、
時間を忘れたあの感覚──。

あれは 「読書が得意だったから」 じゃない。
本が一番面白い世界だったから 読めていただけなんだ。


それでは、なぜ大人になると読めなくなるのか?

ここに誤解がある。

「大人になって集中力が落ちたから」
「文字が苦手になったから」

──そうじゃない。

本当の理由はもっとシンプルで、もっと“構造的”だ。

✔ 圧倒的に便利な娯楽が増えすぎた

今はスマホ1台で、あらゆる刺激が手に入る。

  • SNS
  • 動画配信サービス
  • 音楽配信サービス
  • ゲームアプリ
  • 漫画アプリ
  • ショッピングサイト
  • ブログ記事
  • AI検索サービス(Google検索)

昔なら本屋か図書館に行かなければ得られなかった情報が、
今はポケットの中のスマホの中に全て詰まっている。

これでは本が負けるのも当然だ。
なぜなら、現代のスマホは本の100倍の刺激を持っているから。


読書力を奪ったのは “環境” だった

読書ができなくなったのは、
あなたの怠惰でも、根性不足でもない。

僕らの“集中力を奪う仕組み”が日常に常設されたからだ。
環境が僕らの集中力を奪い、本が読めなくなる。

逆の見方をすると、こう言い換えることもできる。
環境を変えた瞬間に、僕らは本を自然に読めるようになる。

たとえば、病院で、スマホが使えない時間が長くあった時。
何かのきっかけで、ネットが繋がらない瞬間があったら?

もし、スマホの充電、バッテリーが切れたら?

あなたは、待ち時間の間、急に何もやることがなく、
手持ち無沙汰になってしまいました。

そんな時に、フッと視線を向けると、
あなたの目の前に本棚があります。

あなたは、やる事がないので、
つい、本棚に置いてある1冊の本を手に取りました。

何となく、パラパラと気になる本を手に取ると・・・
なんと、普通に本を読めてしまった。

信じられないかもしれませんが、
こんなことが普通に起こり得るんです。

これって何を意味するか?

  • 本が読めないのではなく、スマホの刺激が強すぎるだけ。
  • 環境さえ変われば、人は読書へ戻れる。

これはものすごく重要な視点です。


だから、読めなくても自分を責める必要はない

今の時代において「本が読めない」は普通のことなんです。
例えば、刑務所や山奥にある合宿所など、

スマホの刺激がゼロになる環境では、
人は自然と読書に戻る。

つまり──

読書は“能力”ではなく“環境依存”の習慣。

才能でも性格でもなく、
外部要因でほとんど決まってしまう。


では、どうすれば“本を読める自分”へ戻れるのか?

ヒントはすでに出ている。

「読書に戻るには、
 子どもの頃の『本を読めていた状態』を再現すればいい

  • 読書より強い刺激を減らす
  • “読みたい”気持ちの火種を作る
  • スマホを握らずに済む環境を作る

でも、どうやって?
現代でそんなの可能なの?

次回はここを深掘りしていこう。


次回予告

「読書の火種をつくる
〜“読みたい気持ち”は後から作れる〜」

本を読めるようになる方法は、
気合や根性ではなく“仕組み”にある。

その仕組みを、次回いよいよ解き明かそう。


◀ 前回(第1話)
いま、なぜ読書なのか──本を読めなくなった僕が考えたこと

▶ 次回(第3話)
「読書の火種」はどこにある?
〜“読みたい気持ち”を思い出す3つの瞬間〜

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