賢者病|DAY38|「自由」は楽とは限らない

読書実践ログ

日付:2026/02/2(月)
時間:PM3:30
場所:自宅

※この実践ログについての前提・ルールはこちら
→ 静かな学びの書架|賢者病|DAY|シリーズについて


今日やったこと

  • 予備日(自由記入)

今日やらなかったこと

  • 自由、無制限

気づき・メモ

ここに来て、まさかの自由に書く。
2日間休みからの、書き始め。

2日間「自由」に書くこと。
割と「自由」に書いて良い、何でもOK

こう言われると、何を書いていいか迷う。

実のところ、選択肢が多すぎると、
人は迷って、悩んで困る(゚o゚;;

こんな所でも賢者病の本編に書かれている
情報飽和の罠に遭遇するとは・・・

選択肢が多すぎることは、幸せそうに見えて、

実のところ、たくさんの中から選んで「決める」
というストレスが発生する。

自由という言葉は、昔から幅広い選択肢を
選択できるから好きだ。

制限がない世界で生きることができる
自由に空を飛んでいる鳥のように羽ばたいていける。

僕にとっては自由という言葉は
希望の象徴のように思っていた。

でも、実際のところ、自由というものには

決断の責任も伴ってくるし、選択肢を自分で探してきて、
選ばなければならないという側面もある。

何書いてもいいですよ。

そう言われたら、自分で各テーマを用意してきて。
その中から、自分に合ったテーマを取捨選択する。

場合によっては、

  • 調べる
  • 考える
  • 勉強する
  • 実践する

インプット、アウトプットの
手間暇がかかる…こともある。

アウトプットの手段もたくさんあるので、
SNS、note、ブログ、Youtube…etc

情報発信だけをピックアップしても、
世の中には、数えきれないぐらい方法が存在する。

その中から、自分に合ったものを、
選んで最適な方法を決める。

さらに、その書いたもの、発信したものに関する
責任も自分に返ってくる。

こう考えると、
自由という言葉には、表側からは見えないだけで、

「大変さ」「労力」みたいなものが隠されている。

ゲームの隠しステータスみたいに。
表示されてないけど、裏側では管理されてるコストがある。

こんな仮説を立ててみた。
不自由な状態=制限された方がコストが低い?

これまでは、何も考えずに
無条件で自由に書けた方が楽しいに決まってる。

そう思っていたけれど、実際に書いてみると、
条件があった方が、選択する負担を軽くできる。

  • 〇〇というテーマで書く
  • 今日やることは〇〇
  • 今日やらないことは〇〇

ある程度の制限が設けられていた方が、
賢者病の人には、効果がありそうな気がする。

自由に、好きなようにという言葉とは裏腹に。
返って無制限の方が考えるコストが増えていく。

そんなことを本日のテーマから思いました。

と言うことで、本日のDAY38は、自由に書く。
“自由の中には不自由さもあったという仮説を立てた日”として、ここで終わりにする。

以上。


▶︎次の投稿:賢者病|DAY39|習慣化とマンネリのあいだ

タイトルとURLをコピーしました