この記事は、入門編「なぜ、いま読書なのか」の第1話です。
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いつからだろう…
大人になってから、めっきり本を読まなくなった。
読みたくて買ったはずの本たちは、
気づけば部屋の隅で静かに積まれたまま、
まるで時間の流れから取り残されたように佇んでいる。
どうしてこんなに本を読まなくなったんだろう?
その問いだけが、胸の奥にゆっくりと沈んでいく。
子どものころ、あんなに本が好きだったのに
小学生のころ、
両親が読み聞かせてくれた絵本が大好きだった。
本の世界は、
ぼくの想像を羽ばたかせる“魔法”みたいだった。
高学年になるころには、
自分で選んだ
『ハリー・ポッター』シリーズに夢中になり、
分厚い本を重さも感じず、
ページが擦り切れるほど読み込んだ。
「読むって楽しい」
「物語に没頭できるってこんなに幸せなんだ」
そんな感覚を、ぼくは確かにもっていた。
……なのに。
大人になった今、その影はすっかり消えてしまった。
読書は“自由”から“義務”に変わってしまった
社会に出てから、本は
「知識を得るもの」
「自分を磨くもの」
「スキルアップの道具」
そんな扱いに変わった。
上司や読書家の人たちから
「本を読めば成長できるよ」
「読書はビジネスの基本だよ」
そんなふうに言われるたびに、
読書は“楽しいもの”から、
“やらなきゃいけないもの”へ変わっていった。
読書の義務化。
これが、ぼくの心から読書の灯りをそっと奪っていった。
本を読みたいのに、気持ちが重くて開けない
「今日こそ本を読むぞ!」
そう意気込むのに、気づけばスマホに手が伸びている。
通知を眺め、SNSを見て、動画を流し見しているうちに
あっという間に時間だけが過ぎていく。
やらなきゃ……本を読まなきゃ……
そう思えば思うほど気が重くなって、体が動かない。
本を読みたいのに読めない。
この苦しさの正体を、ずっと言語化できずにいた。
そして気づいた。「本を読まない大人」が、こんなにも多い
ある日、ふとしたきっかけで読書データを目にした。
※参考:株式会社クロスマーケティング
「読書に関する調査2025」
https://www.cross-m.co.jp/report/trend-eye/20251008book
半年で“1冊でも本を読む”人が、すでに上位層──
そんな衝撃的な結果が出ていた。
ぼくはその時、ようやく腹の底で理解した。
「本を読めなくなっているのは、自分だけじゃないんだ」
忙しさ、情報過多、生活リズムの変化。
現代の大人たちは、読書から自然と離れざるを得ない環境にいる。
ぼくも、その流れに飲み込まれていた一人だった。
それでも、いま本を読む理由がある
ぼくは最近になって、こう思うようになった。
「読書って、人生の流れを変える
“きっかけ”になるんじゃないか」
物語も、ビジネス書も、エッセイも。
本には、誰かの人生に起きた“転機”が詰まっている。
- 今の生活に違和感がある人。
- 停滞している人。
- 何か変えたい人。
- 夢や憧れがあるのに、どこから動けばいいか分からない人。
そんな人にとって、
本は“偶然の出会い”を運んでくれる。
本を読むという行為は、外の世界と新しい自分へ向かう
「小さな冒険の一歩」なのかもしれない。
だから、読書を始める
静かな学びの書架は、ぼくが“本を読むこと”を
もう一度選び直していくプロセスを記録する場所だ。
- なぜ本を読めなくなったのか
- どうすれば読書が楽しくなるのか
- 今の時代に、読書はどんな意味をもつのか
- どうすれば本から“気づき”や“転機”を受け取れるのか
ぼく自身が問いながら、つまずきながら、
読書という行為の本質を探っていく旅。
この静かな学びの書架は、
読書で学んだ「答え」を書く場所ではない。
むしろ、答えを「探し続ける」ことに重きを置ける。
読書を通して、自分の思考をアップデートし続けられる。
そんな誰もが安心して学べる居場所として、
このブログを育てられたらいいなと思う。
最後に、あなたへ
今日、あなたは本を読みますか?
それとも、本を読まないまま1日を終えますか?
“本を読むか、読まないか”は、小さな選択。
でも、その積み重ねが、
思いもしない未来につながることもある。
ぼくも、今まさにその扉を叩いているところだ。
次回は、「じゃあ本当に“本が読める体”になるにはどうするの?」
そんな問いから始めようと思う。
